文昌:子の刻は戌から始まる安星
コンテンツ版 · · 資料・出典
文昌は出生の時刻で決まります。子の刻を戌の宮に置き、一刻ごとに一宮ずつ逆に退きます。十三行の時刻表、遅い子の刻の日付の扱い、身主の表、丙・辛の四化、右弼と共有する軌道で解説します。
要点を先に約6分で読めます
文昌は出生時刻で置く補助星です。子の刻を戌の宮に置き、一刻進むごとに地支を一つ手前へ退きます。遅い子の刻でも落点は変わらず、変わるのは属する日付です。
- 文昌の入力は出生時刻ただ一つ。十二刻でちょうど一周し、子の刻は零時で早い・遅いの二つに分かれ、どちらも戌の宮です。
- 既定の設定では、遅い子の刻は翌日として数えます。文昌は動きませんが、紫微のように旧暦の日で置く星は翌日の位置になります。
- 書は文昌を二つの表に載せています。五行の表では金、身主の表では辰・戌の年生まれの身主。四化では丙の年に化科、辛の年に化忌が付きます。

先に読む
子の刻は戌から、刻ごとに一つ手前へ
文昌は生まれた時刻で置く星で、規則は一文で言えます。子の刻を戌の宮に置き、一刻進むごとに地支を一つ手前へ退きます。
時刻表:時刻と時辰の対応は通常の二時間割で、文昌の位置は口訣どおりエンジンで一行ずつ照合。遅い子の刻は零時以降の早い子の刻とエンジンが別に扱うため、独立した行にした。
表の一行は時間帯で、左が時刻と時辰名、右が文昌の入る地支です。零時を過ぎた早い子の刻は戌、丑の刻は酉、寅の刻は申と退いていき、亥の刻は亥に着きます。十二の刻を数え終えると盤をひと巡りします。最後の行は23時からの遅い子の刻で、また戌に戻ります。これは次の節で扱います。
巻二の「文昌・文曲を安ずる訣」は、冒頭に「子の刻、戌から文昌を起こす」という一句があり、そのあとの注釈が規則を書き下しています。子の刻は戌の宮に置き、丑の刻は一つ手前の酉の宮、以下も同様です。「手前へ」とは、亥・戌・酉の順に戻ることです。
遅い子の刻:時計は当日、数えるのは翌日
十二刻のうち、零時をまたぐのは子の刻だけです(23時から翌日1時まで)。エンジンはこれを二つに分けます。0時から1時を早い子の刻、23時から24時を遅い子の刻と呼びます。文昌にとって二つに違いはなく、どちらも子の刻として戌の宮に入ります。違うのは日付で、サイトの既定では遅い子の刻を翌日として扱い、星を置くときの旧暦の日は翌日のものを使います。
図を拡大 · 横にスクロールして読む
2024年5月20日前後の三つの時刻で確かめます。文昌は三回とも戌で、動くのは旧暦の日で置く星です。ここでは紫微を見ます。
図を拡大 · 横にスクロールして読む
つまり23時30分の生まれは、文昌は0時30分の人と同じで、紫微は翌朝の生まれと同じです。設定でこれを当日側に切り替える項目もあり、切り替えると23時30分も0時30分と同じ日の旧暦で星を置きます。
書が文昌に与える二つの位置
『全書』は文昌を何度も取り上げます。巻二で星を南北斗と五行に分類する節に、次の一行があります。
文昌は金に属し、南北斗に属する。科甲を司り、文魁の首である。
この一行は三つのことを述べます。五行は金、南斗にも北斗にも属すること、そして書が文昌に割り当てる領域として、科甲(試験や学問の方面)を司るという点です。同じ巻のもっと前、「安身主」の節は、文昌に二つめの役割を与えます。生まれ年の地支で引き、辰の年と戌の年の生まれは身主が文昌です。書では「辰戌の人は文昌星」と書かれています。
図を拡大 · 横にスクロールして読む
身主は年を見て、文昌の位置は時刻を見るので、二つの手がかりは別々に求めます。辰の年生まれは何時に生まれても身主が文昌で、その文昌が盤のどの宮に入るかは、やはり時刻で決まります。命主と身主を合わせた読み方は命宮は何を論じるかにあります。
丙の年の科、辛の年の忌
四化の表で印を付けられる補助星は多くなく、文昌はその一つで、しかも二度現れます。
図を拡大 · 横にスクロールして読む
『全書』の四化訣は、天干ごとに一句で、四つの星名が禄・権・科・忌の順に並びます。丙の句は天同・天機・文昌・廉貞、辛の句は巨門・太陽・文曲・文昌の順です。読み方は決まっていて、丙の句の三番目が文昌なので、丙の年は文昌に化科。辛の句の最後が文昌なので、辛の年は文昌に化忌です。この二句とエンジンの表に食い違いはありません。化忌は印であって、特定の悪い出来事ではありません。化忌を参照してください。
文昌と右弼は一つの軌道を共有する
文昌と右弼は起点が同じで、どちらも戌の宮から逆に数えます。一方は時刻を、もう一方は月を数えます。そのため、旧暦の月数−1が時刻の番号に等しいとき、二つの星は同じ地支に入ります。
図を拡大 · 横にスクロールして読む
逆向きでも同じで、左輔は辰から順に、文曲も辰から順に数えるので、月数−1が時刻の番号に等しいとき、この二星は同宮になります。月の軌道と時刻の軌道が、同じ十二の地支の上で重なっているわけです。これが実際の盤で何を意味するかは、その盤の月と時刻が本当に合っているかによるもので、一般則ではありません。右弼の数え方は右弼、文昌と対になるもう一つは文曲です。
出生時刻を確かめる
何時の生まれかを決めて時辰に折ります。23時から24時は、設定が翌日扱いか当日扱いかを確認します。
戌から手前へ数える
子の刻を戌に置き、一刻ごとに一宮退きます。地支を書き、宮名はまだ付けません。
生まれ年に付く二つの役を見る
年干が丙か辛か、身主の表で年支が辰か戌かを、別々の手がかりとして記録します。
二つの確かめ
旧暦二月、丑の刻生まれ。右弼と文昌はどこで、同宮ですか。
二月の右弼は酉。丑の刻は二番目の刻で、戌から一つ退いた文昌も酉です。同宮になります。
巳の刻生まれ。文昌が入る地支は。
巳の刻は六番目の刻で、戌から五つ退いて巳に入ります。
読んだあとの疑問
23時30分の生まれなら、文昌はどこに入りますか。
戌の宮です。0時30分の生まれと同じで、どちらの時刻も子の刻に属します。違うのは日付で、既定では23時30分は翌日扱いになり、旧暦の日で置く星はそれに合わせて動きます。
文昌の位置は、生まれ月に関係しますか。
関係せず、時刻だけです。月で決まるのは左輔と右弼です。ただし二つの軌道は一点で重なります。旧暦の月数−1が時刻の番号に等しいとき、文昌と右弼は同じ地支に入ります。
辰の年生まれは身主が文昌ですが、文昌が盤の決まった位置に入るという意味ですか。
違います。身主は生まれ年の地支から引き、どの星が身主かを示すだけです。文昌が実際にどの宮へ入るかは、出生時刻で決まります。二つの手がかりは別々に求めます。
この記事は役に立ちましたか?


