井卦:井戸の底から口まで読む
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井は六十四卦の第四十八卦で、上が坎、下が巽、木の上に水がある形です。卦辞の「邑を改めても井は改めない」、彖伝の「井は養って尽きない」、泥・漏れ・浚え・石積み・冷たい泉・覆わない井戸口へと続く六つの爻辞から読みます。
要点を先に約6分で読めます
井の六つの爻辞は、一つの井戸の深さの順に並んでいます。いちばん下は泥、上へ漏れ、浚え、石積み、冷たい泉、そして最上は水を汲んで井戸口を覆わない。
- 井は坎(水)の下に巽(木)を重ねた卦。説卦伝で巽は木であり「まっすぐな縄」でもあり、彖伝は木が水に入って水を引き上げると言う。
- 卦辞の前半は変わらないもの(邑を改めても井は改めない、失うことも得ることもない)、後半は最後の一歩の失敗(あと少しで縄が井に届かず、甕を割る)。
- 六つの爻辞は井戸の底から口へ。泥・漏れ・浚え・石積み・冷たい泉・覆わない。初六と九三は「飲まれない」と言い、泥のため、浚えたのに、と理由が違う。

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木の上に水:上が坎、下が巽
井は、水の坎が上、木の巽が下に重なった卦です。下から見ると、陰・陽・陽・陰・陽・陰。説卦伝は巽に、木のほか「まっすぐな縄」の象も与えています。縄が垂れて桶が水に沈み、水が汲み上げられる。木の上に水が乗る形は、そのまま井戸の姿です。
井:下卦の巽は木、上卦の坎は水。下から数える六本の爻は、井戸の底から口までの六つの位置でもあります。
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井にある三つの語
- 井
- 彖伝の総評は「井は養って尽きない」。人を養い、汲んでも汲み尽くせない。
- 縄
- 水を汲む縄。「あと少しで縄が井に届かない」は、あと少しのところまで来たのに、縄がまだ井に下りていないこと。
- 甕を割る
- 甕は水を汲む素焼きの器。割る意の字は、伝統的には「こわす」と読まれます。水を汲む甕を割るので凶、という句です。
卦辞と彖伝:井は動かず、凶は最後の一歩にある
井の卦辞は二つの部分に分かれます。前半は「邑を改めても井は改めない。失うことも得ることもない。人は行き来して、みな井を井として用いる」。後半は「あと少しで縄が井に届かず、甕を割る。凶」。
木が水に入って水を引き上げる。それが井。井は養って尽きない。「邑を改めても井は改めない」とは、剛が中にあるからである。「あと少しで縄が井に届かない」とは、まだ功がないこと。「甕を割る」とは、だから凶ということである。
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彖伝はまず、井とは何かを言います。木が水に入って、水を引き上げる。伝統的には、下卦の木を水を汲む道具と読むのが一般的です。「養って尽きない」は、人を養い、汲み尽くせないこと。「邑を改めても井は改めない」は、町は動かせても井は動かせないということで、彖伝は理由を「剛が中にある」、つまり中の陽爻に置きます。
後半は卦で唯一の凶です。井はいつもそこにあり、水もいつもある。失敗するのは最後の一歩です。あと少しで縄がまだ下りていない、あるいは甕を割る。彖伝はどちらにも短い評を一つずつ付けます。「まだ功がない」「だから凶」。卦辞でうまくいかないのは井そのものではなく、水を汲む最後の一歩です。
大象:木の上に水、民の労をいたわり助け合いを促す
井の大象は、木の上に水がある形から入り、民の労をいたわり、助け合いを促す行いで結ばれます。
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「民の労をいたわる」の動詞は、伝統的には「慰める、励ます」と読まれ、後の句は互いに助け合うよう促すことです。文全体が「民」に落ちます。大象の二つの行いは、どちらも民に向けたもので、まず労をいたわり、それから助け合いを促す。井が皆の水であることと並べて読めます。
六つの爻:泥から井戸口まで
六つの爻辞は、井戸の深さの順に並びます。初六がいちばん底、上六が井戸口です。
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初六は「井は泥で飲まれず、古い井には鳥も来ない」。底は泥で飲めず、古い井には鳥さえ寄りつきません。小象は「底にある」、そして「時に見捨てられた」。
九二は「井の窪みで水は小魚に注ぐだけ、甕は破れて漏れる」。井の底の水は細く、小魚に足りる程度で、汲む甕も破れています。「注ぐ」にあたる字は読みが割れるため、大意だけを取っておきます。小象は「味方がいない」。
九三は「井は浚えられたのに飲まれず、わが心は痛む。汲むことはできる。王が明らかであれば、ともに福を受ける」。浚えるとは、泥をさらうこと。井戸はきれいになったのに誰も飲みにこない。「わが心は痛む」は、この卦で「わたし」が出てくる唯一の箇所です。続けて、汲めるのだから、王が明らかなら皆で福を受けられる、と言います。小象は「明らかな王を求めて、福を受ける」。
初六と九三は、どちらも「飲まれない」と言い、間にある字が一つだけ違います。初六は「井が泥」で、泥が積もったまま。九三は「井が浚えられ」、もうきれいになっています。どちらも飲む人がいないのですが、一方は井が使えず、もう一方は井が使えるのに使われません。小象の評も違い、初六は「底にある」、九三は「進んでも痛む」です。
六四は「井は石で積まれ、咎なし」。石や煉瓦で井壁を積むこと。壁が崩れなければ過ちはありません。小象は「井を修める」。
九五は「井は澄んで、冷たい泉の水を飲む」。水は澄んで冷たく、口に入るのは湧き水です。小象は「中正である」。
上六は「井から汲んで、覆わない。誠があって大吉」。水を汲み上げ、井戸口を覆わない。「汲む」にあたる字は、伝統的には「取り上げる」と読まれます。誠があって、大吉。小象は「元吉が上にある、大いなる成就」。井戸口が開いたままである、それがこの卦の終わりです。
困・噬嗑・睽:隣の卦と序卦
井の綜卦は困です。井を上下逆にすると困になります。錯卦は噬嗑で、井の陽爻が陰爻に、陰爻が陽爻に入れ替わったもの。互卦は睽で、井の中ほどの四本には兌(沢)と離(火)が入っていて、沢の上に火が乗る形です。
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序卦伝で井が困のあとに来るのは、上で追い詰められたものが下へ戻るからです。その先は革で、序卦伝の説明では、井の働きにも改める必要があるから、次に革が来ます。井の中にも、すでに手入れのことが出てきます。九三の「浚え」と六四の「石積み」は、どちらも古い井を直すことで、序卦伝のこの説明と並べて読めます。
読んだあとの疑問
井卦は、井戸の掘り方や治水の話ですか。
原文は井を借りて語ります。爻辞の井は、泥の底、漏れ、浚えられた姿、石積み、澄んだ冷水と、一つの井戸のいくつもの状態を見せます。彖伝の総評は「養って尽きない」で、作り方を述べた一句はありません。
「邑を改めても井は改めない」とはどういう意味ですか。
字面は、町は移せるが井は移せない。彖伝は理由を「剛が中にある」ことに置きます。卦のなかほどの陽爻です。続く「失うことも得ることもない、人が行き来する」は、井そのものが増えも減りもせず、人が行き来することを言います。
「井から汲んで覆わない」は、井戸を覆うなという意味ですか。
字面は、水を汲み上げて井戸口を覆わない。「誠があって大吉」と続き、小象はこの爻を「大いなる成就」と評します。卦の最後の爻で、井戸口が開いたままの爻はこれだけです。
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