師卦:一陽が衆を率いる六つの位置
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師は六十四卦の七番目で、下が坎、上が坤。陽爻は二番目の一本だけで、五本の陰爻が「衆」にあたります。卦辞「貞しい丈人は吉」、大象「民を受け入れ、衆を養う」、そして軍中の規律・主帥・輿尸・左次・長子と弟子・大君の命を書く六つの爻辞を読みます。
要点を先に約6分で読めます
師卦の六本の線のうち、陽爻は二番目の九二ただ一本で、五本の陰爻が「衆」です。六つの爻辞は「誰がこの隊を率いるか」をめぐって進みます。規律、主帥、輿尸、左次、長子と弟子、大君と小人。
- 師の陽爻は九二の一本だけで、あとの五本は陰爻。『彖伝』『序卦伝』『説卦伝』の坤は、どれも同じ一字に行き着く。衆。
- 『彖伝』は卦辞「貞しい丈人は吉」を「衆を率いて正しければ王となれる」へつなぎ、「険のなかを行きながら従順である」と言う。大象は「地の中に水がある……民を受け入れ、衆を養う」。
- 六つの爻辞は軍中の六つの位置。規律・師中・輿尸・左次・長子と弟子・大君と小人。「輿尸」は六三と六五に一度ずつ出る。

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五つの陰に一つの陽:九二と、率いられる「衆」
師には陽爻が一本しかなく、残りの五本は切れた陰爻です。下から初六、九二、六三、六四、六五、上六。唯一の陽爻は二番目の九二。下卦は坎、上卦は坤です(二つの卦の取象は八卦に)。
師と錯卦の同人:錯卦は六本すべての陰陽を入れ替えたものです。
卦名は一字で、三か所の文がそれを同じ一字で説明します。『彖伝』は「師は衆(大勢)」。『序卦伝』は「師とは衆のこと」。『説卦伝』が坤に挙げる取象にも「衆」があります。
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一本の陽爻が五本の陰爻を率える、というのがこの卦の基本の形です。中にある一つの剛が、柔の群れに向き合う。上卦の坤は『説卦伝』で「順」ですから、この群れにちょうど合います。
卦辞と彖伝:貞しい丈人は吉、険のなかを行きながら従順である
師の卦辞は短く、「貞しい丈人は吉、咎めなし」だけです。貞は正しさを守ること、丈人は年長で敬われる人。『彖伝』は丈人を一字ずつは説明しませんが、続く一連の言葉でこの卦辞を説いています。
師は衆のこと。貞は正しいこと。衆を率いて正しければ、王となれる。剛が中にあって応じられ、険のなかを行きながら従順である。これによって天下を苦しめても、民はこれに従う。吉であり、何の咎があろうか。
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『彖伝』はまず「貞」を「正」と説明し、続いて「衆を率いて正しければ王となれる」と言います。衆を率いて正しくあれる人は、王にもなれるということです。次の二句は図形に対応します。「剛が中にあって応じる」の剛は九二、中は下卦の中の位置、応じるは、伝統的には九二と六五の呼応を指します(爻どうしの呼応は爻位に)。「険のなかを行きながら従順である」の険は下卦の坎、順は上卦の坤です。
最後は「これによって天下を苦しめても、民はこれに従う」。「苦しめる」と訳した字は字面では「毒」で、ここでの読みは伝統的にも一つではないので、文だけを引いておきます。全体は「吉であり、何の咎があろうか」で結ばれます。
地の中の水:民を受け入れ、衆を養う
師の「象」は、水が地の中にある図で、上卦の坤(地)と下卦の坎(水)に対応します。
地の中に水があるのが師。君子はこれにならい、民を受け入れ、衆を養う。
君子が引き出す行いは「民を受け入れ、衆を養う」。原文の字は「容」と「畜」で、容は受け容れること、畜は養い育てること。人をその内に受け入れ、衆を養います。
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大象の「衆」は、『彖伝』『序卦伝』と同じ字です。『彖伝』は衆を連れて事を行う話(「これによって天下を苦しめる」)、大象は、まず衆を受け入れて養う話です。並べて読むと、一方は衆を外へ向けて使い、もう一方は衆を内で育てています。
誰が率いるか:規律・主帥・輿尸・左次・長子・大君
師の六つの爻辞には、どれにも軍中の役割か動作が出てきます。規律、主帥、輿尸、左次、長子と弟子、大君と小人。
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初六は「軍が出るには規律による。そうでなければ凶」。「否臧」は伝統的には「よくない」と読まれます。小象は全体を一言にまとめます。「規律を失えば凶である」。
九二は「軍の中にいて吉、咎めなし。王は三度、命を賜う」。主帥は軍の中にいて、王が三度命令を与えます。小象は二つ評します。「天の寵愛を受ける」「万国の心を寄せさせる」。この卦で唯一の陽爻で、いちばんすんなりと読める爻でもあります。
六三は「軍はあるいは車に屍を載せる。凶」。輿は車で、「輿尸」は車に屍を載せると一般に読まれます。小象は「大いに功がない」と言います。
六四は「軍は左に陣を構える。咎めなし」。次は陣を構えて留まること、「左次」は伝統的には退いて陣を張ることと読まれ、咎めなしです。小象は「常を失っていない」と評します。
六五は「田に獲物がいる。言い分を持つのがよく、咎めなし」。「言い分を持つ」は、正当な申し立てがあると一般に読まれます。続いて対になった一組。「長子が軍を率い、弟子たちは車に屍を載せる。貞しくとも凶」。小象は二つを分けて評します。「長子が軍を率いる」は「中を得た行い」、「弟子が屍を載せる」は「任じた人が適当でない」。
上六は「大君が命を下し、国を開き家を継がせる。小人は用いてはならない」。小象は「功を正しく定めること」「小人を用いれば必ず国を乱す」と言います。
「輿尸」は六三と六五に一度ずつ出て、どちらも凶、しかし小象が挙げる理由は違います。一方は「大いに功がない」、もう一方は「任じた人が適当でない」です。
師と比:一本の陽爻が二番目から五番目へ
師を上下逆にすると比になり、これが師の綜卦です。師のただ一本の陽爻は二番目にあり、逆にするとそれが五番目に来ます。比も一陽五陰で、陽爻は九五。『序卦伝』は三つの卦をつなぎます。訴えのなかで人が集まって師になり、衆が集まれば寄り添う先が必要で、それが比です。
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師の錯卦は同人、互卦は復です。
読んだあとの疑問
「師」は、なぜ軍隊であり「衆」でもあるのですか。
卦名は一字で、『彖伝』がすぐ「師は衆(大勢)」と説明します。『序卦伝』も「師とは衆のこと」と言い、『説卦伝』が坤に挙げる取象にも「衆」があります。爻辞に「師が出る」「師を率いる」とあるので、この「衆」は、出陣する隊を指します。
「弟子が車に屍を載せる」と「軍はあるいは車に屍を載せる」は、同じことですか。
二か所とも「輿尸」を含み、どちらも凶で終わります。六三の小象は「大いに功がない」と評し、六五は「長子が師を率いる」と「弟子が屍を載せる」を分けて、前者を「中の行いによる」、後者を「任じた人が不適当」と評します。二つが同じ出来事かどうかは、原文に書かれていません。
卦辞の「丈人」は誰ですか。
丈人は字面では、年長で敬われる男性です。卦辞は「貞しい丈人は吉、咎めなし」と言うだけで、その人の軍中での立場は述べていません。『彖伝』も丈人を一字ずつ説明せず、「衆を率いて正しければ王となれる」と言うだけです。
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訟卦:卦辞は「終わり」を見、大象は「始め」を見る、六つの爻辞の収まり方 ↗


