蠱卦:山の下に風、治めると事
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蠱は第十八卦で、山の下に風があります。卦辞の「甲の三日前、甲の三日後」は十干で数えられ、爻辞は「父の事を治める」から「王侯に仕えず」へ進み、「事」の字は最後の一爻にだけ出てきます。
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序卦伝は蠱を「事」の一字で説明します。卦辞は十干で「甲」の前後三日を数え、六つの爻辞は「治める」の動詞を上九の「王侯に仕えず」まで運びます。
- 蠱は艮(山)の下に巽(風)が重なる卦で、彖伝は「入って止まる」と言う。随が錯卦であり綜卦でもあり、互卦は帰妹。
- 卦辞の「甲の三日前、三日後」は十干では辛・壬・癸と乙・丙・丁。彖伝の結び「終われば始まりがある」は、十干が癸から甲へ戻ることに当たる。
- 「父の事を治める」は三度、「母の事を治める」と「父の事をゆるめる」が一度ずつ。「事」の字が爻辞に出るのは上九だけ。

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山の下に風:まず「事」の字
蠱は第十八卦で、下卦が巽(風)、上卦が艮(山)、象は「山の下に風がある」です。陽爻は第二・三・上位にあり、あとの三本は陰爻。この字は今日では「蠱惑」の語でよく見ますが、序卦伝が卦名に与える説明は一句だけ、「蠱とは事である」です。つまり、処理を待つ事柄のことです。
蠱と随:随は蠱の錯卦であり、綜卦でもある。
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蠱を読む前の三つの語
- 事
- 序卦伝は「蠱とは事である」と言う。爻辞の「蠱」は、腐敗というより、処理すべき事と読むほうが本文に近い。
- 巽と艮
- 説卦伝は巽を「入る」、艮を「止まる」と呼び、彖伝はこの二つを重ねて「入って止まる」と言い表す。入ってから、止まる。
- 幹(治める)
- 爻辞に繰り返し出る動詞で、取り仕切る、整える意。「父の事を治める」とは、父の残した事を取り仕切ること。
彖伝は冒頭で「剛が上に上がり、柔が下に降る」と言います。卦の形にも出ていて、一番上の上九が陽爻(剛)、一番下の初六が陰爻(柔)です。
卦辞:甲の三日前、甲の三日後
蠱の卦辞は「大いに通る。大河を渡るのによい。甲の三日前、甲の三日後」です。前の二句は分かりやすく、最後の一句は十干で数えます。
蠱は、剛が上に上がり柔が下に降り、入って止まる。これが蠱である。蠱は大いに通り、天下が治まる。「大河を渡るのによい」とは、行けば事がある、ということ。「甲の三日前、甲の三日後」は、終わればまた始まる、天の運行である。
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昔の人は日を十干で数え、十字で一巡しました。字面どおり数えると、甲の日の前の三日は辛・壬・癸、後の三日は乙・丙・丁です。彖伝はまず「大河を渡るによい」を「行けば事がある」と説明し、次に最後の句を「終われば始まりがある、天の運行である」と説明します。癸が終わって甲に戻る。一巡が終わり、また一巡が始まる、ということです。
大象:民を奮い立たせ、徳を育てる
蠱の大象は、随の大象と同じように短いものです。
山の下に風がある。これが蠱。君子はこれにならい、民を奮い立たせ、徳を育てる。
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「振」は奮い立たせる、整えるの意に読むのが普通で、「育」は育てることです。象では山が風を押さえ、行いには「振」の字が一つある。風が押さえられているので、人が奮い立たせねばならない、と受け取れます。「徳を育てる」は反対の内側へ向かい、徳を養います。これは一つの読み方で、本文は展開していません。
六つの爻辞:「治める」を重ねて、最後は「仕えず」
六つの爻辞では、「幹(治める)」が四度、「裕(ゆるめる)」と「仕えず」が一度ずつ出ます。
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初六は「父の事を治める。子があって、亡き父に咎はない。危ういが、終わりには吉」。「考」は亡き父のこと。この句の区切りには諸説があります。小象は「心が亡き父を受け継ぐ」と言います。九二は「母の事を治める。固く守ってはならない」で、小象は「中庸の道を得ている」。九三は「父の事を治める。小さな悔いはあるが、大きな咎はない」で、小象は「終わりには咎がない」と結びます。
六四は動詞が「裕」に変わり、「父の事をゆるやかにする。進めば恥を見る」。ゆるめれば、進んだところで恥に会うということで、小象は「進んでもまだ得ていない」。六五は「父の事を治める。名誉を用いる」で、これによって称えられ、小象は「徳によって受け継ぐ」。上九は書き方が一変します。「王侯に仕えず、自分の事を気高く保つ」。小象は「志は手本とするに足る」。
随と帰妹:蠱の隣の卦、そして随の後に置かれる理由
蠱の錯卦と綜卦はどちらも随で、その仕組みは随の記事で扱っています。ここでは互卦を見ます。第二〜第四爻を下卦(兌)、第三〜第五爻を上卦(震)とすると、帰妹になります。
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序卦伝が蠱を随の後ろに置く理由は、随う者には必ず事があるからです。
悦んで人に随う者には、必ず事がある。だから蠱が続く。蠱とは事である。
次の卦は臨で、それは次の記事で扱います。
読んだあとの疑問
「蠱」は、毒虫や惑わすという意味ではないのですか。
それは他の場面でこの字がよく使われる意味です。『周易』の中では、序卦伝が卦名を「蠱とは事である」と一言で説明しており、爻辞も父や母の事を治める話です。まず「事」と読み、毒や惑いを先に思い浮かべる必要はありません。
「甲の三日前、三日後」は、どの日かを選ぶ意味ですか。
本文は甲の日の前三日と後三日と言うだけです。十干の順に数えると、前の三日は辛・壬・癸、後の三日は乙・丙・丁。これが実際の暦の日にどう当たるかは昔から読みが分かれるので、どの読みを取るかを先に示します。
九二は「母の事を治める」のに、なぜ「固く守ってはならない」のですか。
「貞」はここでは固く守ること。この事は変えずに守るのはよくない、という意味です。小象は「中庸の道を得ている」と評し、九二は下卦のちょうど真ん中なので、その点と呼応しています。
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