大畜卦:山の中の天、止めて蓄える
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大畜は第二十六卦で、下は乾、上は艮、天が山の中にあります。「畜」の字は彖伝では止めること、大象では蓄えること。六つの爻辞は、止まるところから開けた道へ進みます。
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大畜は「止める」艮を「力強い」乾の上に置きます。同じ「畜」の字を、彖伝は強いものを止める意味に、大象は徳を蓄える意味に使い、六つの爻辞は止まる所から道が開ける所まで進みます。
- 大畜は艮(山)の下に乾(天)を重ね、いちばん下の三本は陽爻。説卦伝は乾を「健」、艮を「止」と言い、図は力強いものが山の中に収まった形。
- 彖伝は連なる句で卦の性質を讃えたあと「力強いものを止められる」と言い、卦辞の「家で食べず吉」を「賢者を養うこと」と説明する。
- 初九・九二・九三はそれぞれのやり方で止まり、六四・六五は子牛と去勢した猪にたとえ、上九は「なんと天の大通り」の一句。小象は「道が大いに行われる」と言う。

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山の中の天:下は乾、上は艮、一字に二つの意味
大畜は第二十六卦です。下卦は乾(天)、上卦は艮(山)。初九・九二・九三は陽爻、六四・六五は陰爻、いちばん上の上九はまた陽爻です。説卦伝は「乾は健(力強い)」、また「艮は止(とどまる)」と言うので、この卦の構図は分かりやすく、力強いものが下にあり、それを止めるものが上にあります。
大畜と綜卦の無妄:無妄は大畜を上下逆にしたもので、下の三本の陽爻がいちばん上へ移る。
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大畜に出る三つの語
- 畜
- 卦名は「蓄える」に近い読みをします。この卦では二通りに使われます。彖伝の「力強いものを止められる」は止めること、大象の「その徳を蓄える」は積み重ねること。
- 艮と乾
- 艮が上、乾が下という並びが、そのまま「止めている」形です。山が外にあり、天が中にあります。
- 家で食べず
- 卦辞の中の三字で、字面は「家で食べない」。彖伝はこれを「賢者を養うこと」と答えます。
二つの意味はこの卦の中でぶつかりません。強いものを止めることは、それを保つことでもあるからです。以下の各節でも、ここでの「畜」はどちらの意味か、と問いながら読めます。
彖伝:連なる讃辞と「力強いものを止められる」
大畜の卦辞は「正しきに利あり。家で食べずに吉。大きな川を渡って利がある」です。彖伝はまず卦の性質を讃え、そのあと卦辞を一句ずつ説明します。
大畜は、剛健で篤実、光り輝き、日々その徳を新たにする。剛が上にあって賢者を尊ぶ。力強いものを止められるのは、大いなる正しさである。「家で食べず吉」とは、賢者を養うことである。「大きな川を渡って利がある」とは、天に応じているということである。
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「剛が上にあって賢者を尊ぶ」は卦の形から読めます。いちばん上の上九が陽爻で、剛が最も高い所にあり、彖伝はそこから賢者を尊ぶ意味を取ります。「力強いものを止められるのは大いなる正しさ」は、この段の要です。艮が乾の力強さを止められる、そのことを彖伝は大いなる正しさと呼びます。最後の二句は卦辞への注で、「家で食べず」は賢者を養うこと、「大きな川を渡る」は天に応じること。この卦の下卦の乾が、まさに天です。
大象:天が山の中にあり、昔の言葉と行いを広く知る
大象は角度を変えます。止める話ではなく、中に入れる話です。
天が山の中にある。これが大畜。君子はこれにならい、昔の人の言葉と過去の行いを広く知って、自分の徳を蓄える。
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「前言往行」は、前の人々の言葉と、すでに行われたことです。君子の一つめの行いは知ること、二つめは、知ったことを徳として蓄えること。この「蓄える」は、彖伝の「力強いものを止められる」と同じ字ですが、ここでは積み重ねる意味に使われています。同じ山が、外には止める、内には守る。
六本の爻:自分で止まり、止められ、道が開く
六つの爻辞は、位置で三つの段に分かれます。下の三本は乾の陽爻、上の三本は艮に属します。
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まず下の三本の陽爻を見ます。止まり方はそれぞれ違います。初九は「危うい。止まるのがよい」で、小象は、そうすれば「災いを犯さない」と言います。九二は「車の車軸の紐が外れる」。車軸を車体に結ぶ紐がはずされ、車は自分では進めなくなります。小象は、中の位置にいるので咎めがない、と言います。九三はいちばん緩い止まり方です。「良い馬が追う」と、馬は走っていて、爻辞も「出かけてよい」と認めます。ただし条件は「毎日、車と守りの稽古をすること」。小象は「上と志が合う」と言います。三本の陽爻は、立ち止まる、紐を外す、走りながら稽古する、と進み、道は少しずつ開いていきます。
六四と六五は書き方が変わり、主語は抑えられた家畜です。「子牛の当て木」は、牛の角に横木を渡すもの(原文の字は、伝統的にそのように読まれます)、「去勢した猪の牙」。どちらも吉で、小象は一言ずつ、喜び、めでたいこと、と添えます。上九はわずか五字で、「なんと天の大通り。亨る」、小象は「道が大いに行われる」と言います。
小畜・無妄・帰妹:隣の卦と序卦の位置
大畜を、第九卦の小畜と並べます。二つとも下卦は乾で、違うのは上卦です。
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小畜の上卦は巽で、説卦伝は「巽は入る」と言い、陰爻は一本だけです。大畜の上卦は艮、つまり「止まる」で、陰爻は二本あります。
大畜の綜卦は無妄です。大畜を上下逆にすると、山の艮が下の震(雷)になり、天の乾が上に来ます。冒頭の図の右側がそれです。錯卦は萃、互卦は帰妹。序卦伝は大畜を無妄と頤の間に置きます。軽はずみに動かないことが先にあり、蓄えができてから養うことへ話が移る、という並びです。
読んだあとの疑問
大畜の「畜」は、家畜の「畜」と同じ字ですか。
同じ字です。家畜の意味では「ちく」と読み、卦名では「たくわえる」の意に近い読みで、止める意味にも蓄える意味にもなります。この卦では彖伝と大象が、それぞれ一つずつの意味を使っています。
「家で食べず」は、家で食事をするなということですか。
字面は「家で食べない」です。彖伝はこれを「賢者を養うこと」と三字で説明し、「養う」につなげています。外で職に就くのか、人に養われるのかは、本文が詳しく述べていません。字面と彖伝の説明を引くのが無難です。
六四は子牛、六五は猪にたとえるのはなぜですか。
本文に理由は書かれていません。爻辞は「子牛の当て木」「去勢した猪の牙」とだけ言い、小象がそれぞれ「喜び」「めでたいこと」と一言添えます。どの家畜が何を表すかは後世の推測で、この二つの爻辞が確かに定めている内容ではありません。
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