萃卦:集う者三、中心二、外に一
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萃は六十四卦の第四十五卦で、上が兌、下が坤、中ほどに陽爻が二本、下に陰爻が三本あります。彖伝の「集まる先を見よ」、大象の「武器を整え、不意に備える」、六つの爻辞に見える集う者・中心・外のそれぞれの気分と留保から読みます。
要点を先に約7分で読めます
萃は集まりの卦なのに、大象は備えで終わります。六つの爻辞では、集う者たちは乱れ、嘆き、中心にいる二本の爻は「大吉」と「位がある」のあとにそれぞれ一言の留保がつきます。
- 萃は兌(沢)の下に坤(地)を重ねた卦。説卦伝は坤を「従順」、兌を「喜び」とし、坤は「衆」でもあると言う。多くのものが従順に、喜んで一所へ来る形。
- 彖伝は集まる二つの条件(従順で喜ぶこと、剛が中にあり応じること)を挙げ、次の一文で結ぶ。何の周りに集まるかを見れば、天地万物の実情が見える。
- 大象は集まりの賑わいではなく、武器を整えて不意の事に備えることを言う。九四は「大吉」に小象が「位が当たらない」、九五は「位がある」に小象が「志がまだ明るくない」と添える。

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沢が地の上に:下が坤、上が兌
萃は、上が兌(沢)、下が坤(地)の卦です。下から数えて、いちばん下の三本が陰爻で、これが坤。第四・第五が陽爻、第六が陰爻で、この三本が兌です。説卦伝は坤に「従順」、兌に「喜び」の一字を与え、さらに坤は「衆」だと言います。多くのものが、従順に、喜んで一所へ来る。これが萃です。
萃と綜卦の升:綜卦は全体を上下逆にしたもので、萃のいちばん下の三本の陰爻は、升ではいちばん上に来ます。
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萃にある三つの語
- 萃
- 彖伝も序卦伝も直接に説明していて、萃は集まること。
- 假
- 卦辞「王、廟に假る」の「假」は、伝統的に「至る」と読むのが一般的。王が祖先の廟に着くこと。
- 大牲
- 「大牲を用いて吉」の大牲は、祭祀に使う大きな供え物の獣。盛大な供えは吉、という句。
卦辞と彖伝:なぜ集まれるか、何の周りに集まるか
萃の卦辞は長く、いくつかの事を並べます。王が廟に至る。大人に会うのによい。通る。正しくあるのがよい。大牲を用いて吉。行くところがあるのによい。祖先の祭り、大人との面会、大牲の供え。どれも、人が一所に集まる場面です。
萃とは集まること。従順で喜び、剛が中にあって応じる。だから集まる。「王が廟に至る」とは、孝を尽くして祀ること。「大人に会うのによい、通る」とは、集まりが正しいこと。「大牲を用いて吉、行くところがあるのによい」とは、天命に従うこと。その集まる先を見れば、天地万物の実情が見えてくる。
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彖伝はまず、なぜ集まれるかを説明します。下卦の坤は従い、上卦の兌は喜ぶ。これが「従順で喜ぶ」。九五は中の位にある陽爻で、下の六二がそれに応じる。これが「剛が中にあって応じる」。そのうえで卦辞の三つの事に、一語ずつ与えます。孝を尽くす、正しい集まり、天命に従う。
最後の一文はこうです。「その集まる先を見れば、天地万物の実情が見えてくる」。群れが何の周りに集まるかを見ると、物事の実情がわかる。次のように読むこともできます。この一文が問うのは、何人集まったかではなく、どこに集まったかです。
大象:沢が地の上に、武器を整え、不意に備える
萃の大象は「沢が地の上にある。それが萃。君子はこれにならい、武器を整え、思いがけない事に備える」です。
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集まりの卦なのに、大象が備えで終わるのは、字面の「集まる」とあまり釣り合いません。「武器を整える」の「整える」は、伝統的には「手入れする、修める」と読むのが一般的で、「不意」は予想しなかった事。大象は理由を述べず、「集まる」と「不意に備える」を同じ一文に並べます。次のように受け取ることもできます。集まるものが多いほど、用心すべき事も多くなる。
六つの爻:集う者三、中心二、外に一
卦の形に沿って六つの爻を組に分けるのは、一つの読み方です。下の三本の陰爻は上へ向かって集う側、中ほどの二本の陽爻は集まりの中心、いちばん上の一本の陰爻は集まりの外にいます。
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初六は「誠はあっても終わりまで続かず、乱れて、そして集う」。誠を最後まで貫けなかったので、まず乱れ、それから集まります。小象は「志が乱れている」。そのあとの句は、呼びかければ、一握りのあいだに笑いに変わる、憂えるな、行って咎めはない。「一握り」の読みは分かれるので、ここでは憂いが笑いに変わる点だけを取っておきます。
六二は「引かれて吉、咎なし」。集まりへ引かれて行く爻です。「誠があれば、質素な祭りも用いてよい」。誠さえあれば簡素な祭りで足りる、という句です。小象は「中の心は変わらない」。
六三は「集い、嘆く。よいことは何もない」。続けて「行って咎めはない、少し悔いる」。小象の「上は従順である」の「従順」にあたる字は、伝統的には「従う」と読むのが一般的です。
下の三本を続けて読むと、気分は、乱れ、引かれ、嘆き、と移ります。集う者は、ずっと上機嫌で来るわけではありません。
九四は「大吉、咎なし」。四字だけで、卦でいちばん短い爻辞です。ところが小象が一言添えます。「位が当たらない」。九四は陽爻で、第四の位、つまり陰の位にいます。「大吉」のあとに「咎なし」が続くのは、吉のなかにも過ちへの用心が要る、と読めます。
九五は「集いに位がある、咎なし」。続いて「信じられないところがある」ので、「大いなる長い正しさ」があって初めて「悔いが消える」。小象は「志がまだ明るくない」。
二つの中心は、どちらも留保を抱えています。九四は位が当たらず、九五は志がまだ明るくない。小象の留保は、集まりの中心に置かれています。
上六は「嘆き、涙し、洟まで流れる。咎なし」。小象は「上で安らげない」。いちばん上にいて、それでも落ち着かない爻です。
升・大畜・漸:隣の卦と序卦
萃の綜卦は升です。萃を上下逆にすると、下の三本の陰爻が上に移って升になります。錯卦は大畜で、萃の六本を、陰は陽に、陽は陰に置き換えたもの。互卦は漸で、萃の中ほどの四本を取り、下の三本(第二〜四爻:陰・陰・陽)が艮、上の三本(第三〜五爻:陰・陽・陽)が巽になり、艮の上に巽を置いた形です。
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序卦伝の並べ方はこうです。姤は出会い、出会ってはじめて集まるので、姤のあとに萃が来る。そして集まったものがさらに上へ進むと、升になる。萃と升は互いに綜卦で、一方は一所に集まる形、もう一方は上へ伸びる形として、前後に並んでいます。
読んだあとの疑問
萃卦は、人がたくさん集まるほどよいという意味ですか。
原文はそうは言いません。彖伝は卦辞の「大人に会うのによい、通る」を、集まりが正しいことと説明し、大象は集まりのあとに不意の事への備えを置きます。二本の陽爻は「大吉」「位がある」のあとに、小象がそれぞれ留保を添えます。
「王、廟に假る」とはどういう意味ですか。
字面は、王が祖先の廟に至ること。「假」の字は伝統的に「至る」と読むのが一般的です。彖伝はこの句を、孝を尽くして祀ることと説明します。
萃と升はどういう関係ですか。
互いに綜卦で、萃を上下逆にすると升になります。萃は陰爻三本が下、升は上にあります。序卦伝は、集まったものがさらに上へ進むのが升だと言い、だから升が萃のあとに来ます。
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