節卦:庭の敷居から、甘い節と苦い節へ
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節は六十四卦の第六十卦で、上が坎、下が兌、沢の上に水があります。彖伝の「位に当たって節度を保つ」、大象の「数と度を定める」、そして六つの爻辞が「庭を出ない」から安らかな節、甘い節、苦い節へ進む様子から、節度を読みます。
要点を先に約6分で読めます
節の字義は「ほどよい区切り」。六つの爻辞は、まず庭を出ないことを二つ書き、そのあと「節」を、なし・安らか・甘い・苦いと、味わいで段階づけます。
- 節は坎(水)の下に兌(沢)を重ねた卦。彖伝は「悦んで険しいところを行く」と言う。下が悦び、上が険しさ。
- 彖伝の「苦い節度は守り通せない、その道は行き詰まる」は、上六の小象にほぼそのまま戻ってくる。大象は「数と度を定める」で結ばれる。
- 初九は「家の庭から出ない」で咎めなし、九二は「門の庭から出ない」で凶。そのあと、節なし・安らか・甘い・苦いと続き、小象が一爻ごとに理由を添える。

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沢の上に水:下が兌、上が坎
節の上半分は坎(水)、下半分は兌(沢)。説卦伝は坎を「陥る」、兌を「悦ぶ」と呼びます。線を下から見ると、陽・陽・陰、そして陰・陽・陰。陽爻が三本(初・二・五)、陰爻が三本(三・四・上)で、ちょうど同じ数です。
節と錯卦の旅:錯卦は六本すべての陰陽を入れ替えたものです。
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節卦の三つの言葉
- 節
- 字はもともと竹の節、つまり一段ごとの区切りを指し、そこから限度や節度の意味になった。序卦伝は「節して信じる」と言い、節を信の前に置く。
- 数と度
- 大象で君子が「数と度を定める」。数は多さ、度は大きさ・長さの尺度。
- 苦い節
- 卦辞と上六に出る。厳しくなりすぎた節度。卦辞は「守り通してはならない」、上六は「守り通せば凶」と言う。
卦辞と彖伝:通る節、苦い節
節の卦辞は二句。「通る。苦い節度は守り通してはならない。」一句目は通ること、二句目は行き過ぎた節は保てないこと。彖伝は両端を説明します。
節、通る。剛と柔が分かれ、剛が中を得ている。「苦い節度は守り通してはならない」とは、その道が行き詰まるからだ。悦んで険しいところを行き、位に当たって節度を保ち、中正であって通じる。天地に節があって四季が成り立つ。節を制度で定めれば、財を傷つけず、民を害さない。
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前半は、図の線を追えば確かめられます。「剛と柔が分かれる」とは、陽爻三本と陰爻三本が三つずつ、はっきり分かれていること。「剛が中を得ている」は、九二と九五が、それぞれの三爻の卦の真ん中にある陽爻だということです。「悦んで険しいところを行く」は、下卦と上卦を並べて読んだもの。下の兌が悦びで、上の坎が険しさです。悦びを持って険しさを越えます。
「位に当たって節度を保ち、中正であって通じる」は、伝統的には九五のこととされ、陽爻が第五位(陽の位)で上卦の真ん中にあり、位が正しいので通じます。「天地に節があって四季が成る」は節を天地に広げ、「節を制度で定めれば、財を傷つけず、民を害さない」は人の営みに戻します。最後の「苦い節度は守り通してはならない」は卦辞に戻る言葉で、節には甘いも苦いもあり、苦さが極まれば道は通じなくなります。
大象:数と度を定め、徳と行いを論じる
節の大象はこうです。
沢の上に水がある、これが節。君子はこれにならい、数と度を定め、徳と行いを論じ合う。
「沢の上に水がある」。水が沢の上にあります。伝統的には、沢の容れられる水は限られていて、水が沢の上に来たなら限度がいる、と読まれます。君子はここから二つのことを得ます。数と度を定めること、徳と行いを論じること。
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数と度は量の限度、どれだけ、どれほど長く、どれほど大きく。「徳と行いを論じる」は別の種類で、徳と行いは論じ、評するものです。同じ「節」の一字のもとで、片方の手は量を決め、片方の手は人柄を考えます。
六つの爻:まず敷居、それから味わい
六つの爻辞は二つの部分に分かれます。初めの二つは敷居、あとの四つは「節」の味わいです。
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初九は「家の庭から出ない、咎めなし」。伝統的には、家の戸口の内側の庭と読みます。小象は「通じるところと塞がるところを知っている」と評します。九二は「門の庭から出ない、凶」。こちらは外の門の内側の庭で、一字違うだけで結果が逆になり、小象は「時機を逃した、しかも完全に」と言います。
六三は「節がなければ、嘆くことになる。咎めなし」。小象が付け足します。節度がなくて嘆く者は、誰を咎めようか。六四は「安らかな節、通る」で、小象は「上の道を受ける」。六四は九五のすぐ下にあります。九五は「甘い節、吉。進めば尊ばれる」、小象は「中の位にいる」。上六は「苦い節、守り通せば凶。悔いは消える」、小象は「その道が行き詰まる」です。
この言葉は、すでに彖伝に出ています。「苦い節度は守り通してはならない、その道は行き詰まる」。上六の小象がそれをほぼそのまま繰り返し、片方は卦全体、片方はこの一爻について言います。
「節」の前に付く語は、順に、なし・安らか・甘い・苦い。節度がなければ嘆き、安らかなら通り、甘ければ吉、苦ければ凶。原文は一つの字を、四つの味わいで書き分けています。
渙・旅・頤:節の隣の卦と、渙のあとに置かれる理由
節の綜卦は、上下を逆さにした渙。錯卦の旅は冒頭の図にあります。内側の四本を取り出すと互卦の頤になり、下が震(陽・陰・陰)、上が艮(陰・陰・陽)。渙の互卦も、同じ頤です。
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序卦伝はこう言います。
物は離れたままではいられない。だから節が続く。
散ったものが散ったままにはならないので、節が置かれる。節のあとは、序卦伝が「節して信じる」と言って、中孚につなぎます。雑卦伝は渙と節を一行に並べます。
渙は離れること、節は止まること。
片方は離れ、片方は止まる。錯卦の旅と見比べると、旅の人は外にいて、節の初めの二爻は庭にとどまっています。
読んだあとの疑問
「苦い節」とは、節度が悪いという意味ですか。
いいえ。彖伝は「節、通る」で始まり、天地に節があって四季が成り立つと言います。節度は物事が成り立つ条件です。苦い節は行き過ぎた節度で、だから「守り通してはならない」。九五の「甘い節」は、同じことがほどよくできた姿です。
家の庭を出ないのは咎めなしで、門の庭を出ないのは凶なのはなぜですか。
二つの文は一字しか違わず、結果は逆です。小象が理由を挙げます。初九は「通じる所と塞がる所を知っている」、九二は「時機を逃し、しかも完全に逃した」。
節と旅はどういう関係ですか。
互いに錯卦で、すべての爻の陰陽が入れ替わります。旅は家を離れた人の卦、節の初めの二爻は庭を出ないことを書き、一方は外、一方は内にとどまる姿です。
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